報告)120周年記念講演会・記念式典が開催される    太田雄三

2026年12月6日、晩餐会に先立って講演会と創立120周年記念式典が開催された。

最初の講演はヨッヘム・ヘムレブ氏による「エベレスト最大の謎・マロリーとアーヴィンの捜索40年」の講演が行なわれた。氏は『そして謎は残った 伝説の登山家マロリーの発見記』の著者の一人である。エベレストは1953年にニュージーランド人のヒラリー卿シェルパのテンジンによって初登頂されたとされている。しかし、それより30年近く前の1924年にイギリス人のマロリーとアーヴィンがエベレストに挑んだがそのまま行方不明となり、登頂できたのかどうか長年の謎になっている。

ヘムレブ氏は10代からこの件に深い関心を寄せ、40年近く検証を続けて、「エベレスト研究遠征」の共同発起人の一人ともなった。遠征隊は1999年委マロリーの遺体を発見するに至ったが、市はその時のメンバーでもある。その後も氏はアーヴィンを探す遠征を3回行なっている。

氏は当時の装備や手記の酸素ボンベの残量の記述、ピッケルや手袋などの遺留品、60年にチベット側から登頂した中国隊の写真の分析などを行い、マロリーとアーヴィンの行動を推測した。二人の行動の解明が進んでいることを実感するが、登頂したのかどうか、謎は残されたままだ。推理小説のなぞ解きをするようなエクサイティングな講演だった。

続いて重廣恒夫氏によって「日本山岳会ヒマラヤ登山の歴史」が講演された。氏は1973年のエベレスト南西壁登山隊に参加してから、76年のなんだ・デヴィ縦走、80年チョモランマ、84年カンチュンジュンガ縦走など、自身が参加した日本山岳会のヒマラヤの黄金時代の山行を紹介した。さらに、その後、90年代以降、若手による第2次ヒマラヤ登山ブームへと移行していく過程を語り、ヒマラヤ登山の第一線で活躍されていたリアルな話に会場は盛り上った。さらに、120周年記念で実施したグレートヒマラヤトラバース(GHT)についても触れたが、時間の都合で続きは支部で3月に開催される講演に持ち越しとなった。日本山岳会とヒマラヤ登山の連綿とした歴史を示すバイタリティあふれる講演だった。

その後、記念式典が開催された。陛下初め、海外来賓、多方面の山岳会会長や関係者も出席された。橋本会長の挨拶後、物故者・戦後80年戦没者への黙祷、ご来賓の挨拶、新永年会員の顕彰、秩父宮記念山岳賞表彰(重廣恒夫氏・沖允人氏)、新入会員紹介と続いた。新永年会員として当支部から近藤裕氏が顕彰され、新入会員として7名が壇上の金屏風の前に立ち紹介された。(記念式典写真/高砂寿一)

なお、隣接した会場では120周年記念事業の展示があり、15のプロジェクトがパネル展示され、担当者が来場者に熱心に説明をしていた。

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